CINEMA DISCOVERIES

『ウルフなシッシー』大野大輔監督インタビュー

インタビュー・テキスト:牛津厚信

Interview

カップリング用に作られた、低予算の会話劇

──本日は、オンライン取材をお受け下さいましてありがとうございます。この作品を3度ほど拝見したのですが、観るたびに印象が変わって魅了されました。若い頃の夢が崩れていく物語かと思えば、それでも前を向いて歩んでいくお話でもあり、あるいは人間の生態をコミカルに見つめた作品にさえ思えたり。一体どういったことがきっかけで着想された作品なのでしょうか。

はじめに、僕が最初に撮った『さいなら、BAD SAMURAI』という自主映画がカナザワ映画祭でグランプリを頂きまして、それをなんとか自主興行という形式で上映できないかなと考えていました。ただ、作品の尺が60分ほどということもあって、これ一本だけでは上映会そのものが成立しないな、と。そこで“カップリング”として、1時間ちょいの作品をもう一本作ろうと思い立ちました。とはいうものの、自主映画ゆえ、とにかくお金がありません。自ずとテーマは「どれくらい低予算で作れるか」というところへ絞られていき、試行錯誤の末、「ワン・シチュエーションの会話劇」に落ち着いたんです。

──なるほど、“枠組み”から始まったんですね。

そうです。最初から「これが撮りたい」という明確なヴィジョンやコンセプトがあったわけでは全然ないんです。

──このポップで謎めいた響きを持つ『ウルフなシッシー』というタイトルにはどんな意味合いが込められているのでしょう?

“シッシー”はアメリカのスラングで「腰抜け」とか「ひ弱なやつ」っていう意味で、一方の“ウルフ”は「獰猛」。つまり「獰猛な腰抜け」という真逆の言葉を掛け合わせたタイトルになってます。また、シナリオを執筆する段階で見返した作品に『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』がありまして。まあ、分かる人には分かればいいかなと思って、「ウルフ」というワードを入れさせてもらった、と。

──わ、お聞きしてよかった! 全く気づけていませんでした(汗)。他にも参考にした名作があれば教えていただきたいのですが。

会話劇の代表的なものをいくつか観ました。リチャード・リンクレイター監督の『ビフォア』シリーズ3部作とか、ジョン・カサヴェテス監督の『ミニー&モスコウィッツ』とか。あと密室劇ということでウィリアム・フリードキン監督の『真夜中のパーティ』も見返しましたね。

──本作では脚本における男女の会話の呼吸やタイミングや、ちょっとした言葉のチョイスなど、あらゆるものが計算され尽くしているように思えました。これらは執筆の段階で緻密に書き込まれたものですか?

そうですね、僕は脚本の「ト書き」の書き込み方に関してはかなり細かい作り手かもしれません。それで完成したものも、ほぼ脚本そのまま。なので、編集作業でつながったものを見て「なんだこりゃ」と感じることはあったにしても、それが想定の範囲を超えることはなかったと思います。こうして詳細に脚本を書き込む分、撮影ではついつい演者さんにお任せしがちになってしまいますね。これ、あまり良くない癖だとは思うんですけど。

最高のヒロインを見つけ出すまでの経緯

──アヤコ役の根矢涼香さんと、監督ご自身が演じるタツオとの化学反応も実に魅力的でした。根矢さんをキャスティングされた経緯について教えてください。

まず、アヤコというキャラクターが「気の強い女性」という設定なので、外見がまず飛び抜けてクールな人がふさわしいなと思ったんです。そこで、SNSを使っていろんな方のプロフィール画像をチェックする中で、根矢さんのFacebookを見つけました。もう、すごい眼光というか、とにかく視線が印象的な方だなあ、と。それでちょっと声かけさせていただいたという感じでしたね。

──私はてっきり、気心を知り尽くした仲間内のキャスティングかと。だって、こんなにも演技の呼吸が絶妙に噛み合っていたものですから。

そう言っていただけるとすごくありがたいですけど、多分、根矢さんがこちらのタイミングに完璧に合わせてくださったんだと思います。ほぼ脚本通りではあったものの、間合いとかセリフのリズムとか、とてもうまくこなしてくださる方だったので、撮影現場ではすごく助けられましたね。

──監督からご覧になって、役者・大野大輔の評価は?

えっ、僕ですか・・・どうしても予算とかスケジュールの都合で出ざるをえない状況だったんで、もうここは腹をくくって出た、という感じです。もともと自分の演技を見るのは苦手なんですけど、案の定、編集などをしながら、つくづく気持ち悪いヤツだなとは思いましたよね(笑)。

──その気持ち悪さが次第に魅力へと転じていく、たまらない魅力がありました。一方、男女をじっと見つめるカメラワークも印象的です。

最初は“手持ち撮影”という選択肢もあったんです。でも、とにかく撮影場所が狭いものですから、この状態で被写体をグッっと「寄り」で撮ってもあまり面白い絵にはならないなと。ならば、よりいっそう第三者的に突き放して、冷徹な印象を与えるくらいがふさわしいのかなと思って、少し離れたところからの固定撮影で臨んでみました。

──そうそう、猫が絡んでくる幻想的なシーンも非常に忘れ難いです。あの異様な場面はどのような効果を狙ったものですか?

あの辺りは、観る側からすれば「いったい、何を見せられてんだろう?」と感じるピークだと思うんです。だったらなおのこと、カオスな印象を極限まで高めてもらいたいなと思って(笑)。猫の喘ぎ声とか、妙ちくりんなノイズを加えてみたのもそのためです。

あの二人なら何が起こってもずっと変わらない

──映画の中では、20代から30代にかけて、もう引き返すことのできない橋を渡っていくような切実さが見て取れます。こういった部分にはご自身のリアルな心境が投影されているのでしょうか。

それはもう、大いにありますね。撮影時期が20代後半で、まさに「この先、どうすりゃいいの?」と思っていた頃。で、周りの連中も専門学校は出たものの、映画とは全く関係のない業種に次々と就職しちゃってたんで。多分、物語の中身と僕自身の心境は、かなり繋がっていたと思いますね。

──映画が幕を閉じた後も、大野さんの中であのキャラクターたちは生き続けていますか?

言い方は正しいかどうかわからないですけれど、まだ僕の中で“引っ張ってる”といいますか、延長線上にあるとは思います。

──世界に新型コロナ・ウイルスの影響が及ぶ中、あのカップルが今どこで何をしているのか気になってしまう自分がいます。

うーん、どうなんですかね・・・なんか、アヤコは自宅で動画配信をやってる気がします。で、一方のタツオは、きっと今日も相変わらず得体の知れない撮影現場に稼働で入ってると思うんですよね。映画の中と多分ほとんど変わらない(笑)。

──それ、最高です。彼らには変わらずにいてほしい。

上がったり、下がったりはしないはず。たとえ何が起ころうと、現状維持っぽいですよ。あの二人ならば、まず間違いなく。

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