CINEMA DISCOVERIES

『パラレルワールド・シアター』インタビュー

インタビュー・テキスト:ヒナタカ

Interview

作品が生まれたきっかけと、わざとやっていた「作り手の顔を透けさせてナンボ」の意識

——『パラレルワールド・シアター』という作品が生まれたきっかけについて教えてください。

劇団の日常と劇中劇が並行していくというぼんやりしたアイデアと、そのネタで何か作れたらいいなという気持ちは、20代前半くらいからありました。
また、インディーズで映画を作るとしたら、無名であることがネガティブ要素にならない、その“無名性”を武器にできるような作品を選ぶほうがいいんだろうな、ということも何となく考えてはいたんです。それが、劇団という題材ともマッチすると思いました。
さらに、30歳をちょっと過ぎたタイミングでこの作品を作っておきたいなと思ったんです。20代の終わりから30歳ごろまでに、自分が感じていた自分が思っていたところまで来れなかったような、そんな“未達成感”があって、アラサーになった自分の現在地の総括をしたかったんです。

——映画のアイデア自体が20代前半の時にあって、20代終わり位になって監督ご自身の人生とリンクしたからこそ、作品に昇華できたのですね。

はい。そのタイミングが“しっくりくる”気がしたんですね。おそらく、あのタイミングを逃してしまっていたら、こんなに切実な気持ちで作っていなかった、切実なものを作れなかったと、今になって思いますね。

——本作を手掛けるにあたっての課題や、目標などがありましたら教えてください。

内容が内容なので(笑)大前提として無事に完成させることはもちろんですし、「自主制作だからなぁなぁな適当な感じね」と思われないようにしたかったですね。Blu-rayのメイキング特典の中でも言っていることなのですが、なるべく製作上の至らない部分が画面に表れないように意識していました。これだけの規模の長編映画を作る上では、関わっている方たちに十分なケアが行き届かないこともありましたし、反省点も多いにあります。それでも、なんとかお互いにフォローし合いながらやっていたという感じですね。

——アラサーの監督自身の姿と照らし合わせるということそのものが、作品の位置づけという印象があります。

「作り手の顔を透けさせてナンボだ」ということは、意識していたというか、わざとやっていたところもありますね。そのことで、自己投影できたり、作品を応援してもらえる理由になって欲しかったんです。自分の精神とは切り離せないような自虐的な要素とかもあったりするので、やはりあの人生のタイミングで作れた、自分の中に溜まっていた毒みたいなものを吐き出せたなという実感もありますね。

——毒も自虐ギャグもありますよね。“劇団員同士でお互いの公演を観に来て3000円を団員同士で回している”というシーンが忘れられなくて。ドキュメンタリーのような、本当の話のように思えてくるんです。

“小劇場あるある”の象徴として、あのシーンを印象的に語ってくださる方が多いのですが、あの場面が一人歩きして語られていると、ちょっと罪悪感もあります。小劇場をディスるための作品じゃないし、僕自身、上から目線で何か言えるような立場ではないというのは、すごくあります。僕もこの作品の上映で、知り合いや役者さんをたくさん呼んで観に来てもらったし、本作に関して言えば「回り回ってプラマイゼロ」にすらなっていないので、あれはブーメランどころじゃないです(笑)。

——自虐ギャグではあるけど批判しているわけじゃない、だけど描いたことがちょっと心苦しくもあるという感じなのですね。

ああいうところを脱してしっかり活動していらっしゃる団体がたくさんあることも知っていますし、あの場面や劇中で描かれることで、小劇場やインディーズな表現全体を判断することはしないでほしい!と思います。そして何より、当事者が納得しているなら「大人の文化祭」でも別にいいんじゃない?というのが、正直な気持ちだったりもします。

リアリティを作り出せた理由とは

——キャストの皆さんが見事にハマり役で、「この役はこの人しか考えられない」と思うほどでした。どのようにオーディションをされたのでしょうか。

ほぼ全員初対面で、全員オーディションで選出したんですよ。オーディションの時に、20人ぐらい部屋にお呼びして、順番に「この2人でやってみてもらっていいですか」「次にこの人と」と、いろいろ組み合わせを見させてもらったりして、それを2、3回繰り返して役にはめていったっていう感じですね。あの中の、誰か1人でもオーディションに来てくれてなかったら、あの劇団が生まれていなかったんじゃないかなと思います。

——あの劇団が実在しないことが信じられないんですよ。まるでドキュメンタリーのようで、本当のこととしか思えない。

ありがとうございます。そのリアリティがどこから来るのか考えてみると、キャスティングはもちろん、しっかり撮影までに時間をかけてるというのが大きいと思います。キャストのみなさんも「これは本当に仲良く見えないとヤバいぞ」っていうことが、台本を読んで感じてくださったと思うんですよ。彼らは撮影が始まる前から、飲み会をやっていたりしていましたから。
また、撮影自体も2ヶ月くらいインターバルを空けたことがあるんです。オーディションやったのが2017年の夏で、そこから秋にキャストが決定して、10月に顔合わせをして、11月にクランクインして、何回か稽古とかもさせてもらって、11月12月に撮影をして、その後の1,2月はちょっと撮影をお休みして、また3.4.5月で残りを撮影するっていうスケジュールだったんですね。そのお休み中は撮影の素材を見て編集したり、追加の稽古をしたり、前半の役者さんの雰囲気を踏まえて後半の脚本を書き換えたりもしていました。作り手とキャストたちがお互いに寄せつつというか、「この子はそういうポジションにいるんだ」「こう変わるんだな」みたいなことが、画面にも出ていると思うんです。

——劇中のエピソードは、劇団員や役者の方と話されたことが反映されていたりもするのでしょうか。

確かに、見聞きした出来事をアレンジしたり、ちょっと大げさに描いたりという要素はなくはないです。また、「あの時の、あの人は、こういうことを思っていたのかもしれないな」と、これまで出会ってきた人たちを理解しようとして、脚本を書いていたみたいな要素はあるかもしれないです。

——劇団に入られた経験はないのですか。

劇団に入っていたことはないのですが、僕自身が“組織を作ることを恐れている”ということも作品に反映されているのかもしれないですね。Tick Tack Movieでは、基本的に作品ごとに、僕1人が作品を取り巻く人をその都度その都度集めて、作品ごとの組織を作るけれども、チームとして誰かを拘束するということはしないようにしています。

パラレルワールドへの誠実な向かい方

——堤監督はパラレルワールドを夢見たことありますか。また、パラレルワールドについて、どう考えていらっしゃいますか。

パラレルワールドを夢見たことは、誰にでもあると思いますよ。「あの時、ああしていたらどうなっていたかな」とか「もしも別の大学行っていたら」とか「社会に出てから違う立ち回り方をしていたら」とか、過去の人生に分岐点があったということはやはり考えます。でも、決定的に「あの日に戻りたい」ということは、幸い今のところないですね。そう思おうとしているだけかもしれないですけど……。今の自分をなんだかんだで好きでい続ければ、過去の遠回りは正当化できる、それでよかったと思えるんじゃないかなみたいな価値観を持ちたいとは思いますね。

——その考えが、この作品のメッセージにつながってくると思います。本編は良い意味で辛い気持ちになりますが、「パラレルワールドは現実に存在しないし過去は変えられないけど、この未来の道を選んでいく」というような、誠実なメッセージを感じるんです。

個人的に、SF的な話で言うところで言うパラレルワールド論で言えば、“ある”とは思うんですけど、あったところで「関係ないしなぁ」って思っちゃうんですよ(笑)。結局、2020年の現実に生きる僕たちは、平行世界がこの世にあろうがなかろうが、それを知覚できることは絶対にないですから。
この映画でも、劇中の劇団員たちは、公演が成功していた世界を知覚することができません。でも映画では、それが映像として描かれていて、観客はその上2つの平行世界の両方を観ることができる、登場人物たちが持てない視点を持つことができるんです。その観客だけが見える世界像を表現したいと意識していましたし、それこそが映画的な面白さであると思いますね。

——確かに、ファンタジーやSFの設定で何でも解決しちゃったら、現実の僕たちは「どうしたらいいんだろう」ってなっちゃいますよね。

僕自身、普段はハッピーエンドの映画も好んで観ています。でも、観るときの心情や立場によっては“置いてかれる”時もあると思うんですよ。「あー、今そっちの気分には行けねえよ」みたいな。だから、僕はハッピーエンドに置いてかれる人たちの物語だってあるんだよということもよく考えているんです。それはすごくインディーズ的で、多くの人の目には止まらない人たちの話なんだなということにも通じて来ますよね。

——辛いシーンもありますけど、そう思うとやはり優しい映画ですよね。

ええ、そうなんです。観た方から良い意味で辛いとおっしゃっていただくことが多いんですけど、実はとても優しいんですよ(笑)。

あなたにオススメ