CINEMA DISCOVERIES

Special Features 石橋夕帆監督インタビュー VOL.1

「昔から何らかの“物作り”をして“表現して生きていく”ことだけは外したくないと決めていて」

インタビュー・テキスト:伊藤さとり

あえて説明しない、あえてアップを使わない、あえて客観視。

若くして度胸ある画を紡ぐ石橋夕帆監督。彼女の作品には、声に出せない心が映し出され、主人公が見上げる桜の花や、脚に感じる水が映し出される。長編デビュー作『左様なら』の前に、心のままに生み出していった5本の短編を特集配信。

登場人物たちの心模様が五感に染み渡り、やがて観ている人々の心と繋がっていく私的な作品たちだ。映画を観るほどに、“石橋夕帆”という人物に興味が湧く。彼女が魅了されるものとは一体なんなのか? 石橋夕帆監督になる前である過去から、現在、そして未来についてお話を伺った。

バント活動から映画製作へ

──まず、石橋監督が映画を撮ろうと思ったきっかけを教えて下さい。

正直、10代の頃は映画好きでもないし、映画もほとんど観ていなかったんです。中学一年から大学の途中までずっとバンド活動をしていたのですが、解散する時にライブが一つだけ残っていたんです。解散ムードの中“この空気感でライブやるの?”って感じになって。私がその場で咄嗟に“一人で何とかする”って言っちゃって。そのライブの為に5曲くらい作ってゲストを呼んでライブをしたのですが、その時の楽曲のイメージで、映画の物語を思いついたのがきっかけです。

──その5曲から思いついた作品というのは?

『世界が終わる夜に』(2011年/18分)という短編映画です。大学3年生の時に、映画素人でしたがちょっと聞きかじっただけの知識で、当時の友人達と一緒に撮りました。

──ということは、機材もない状態ですよね? カメラは何を使ったんですか?

確かニコンとかの一眼レフだったかと。その他にも高校時代に服飾をやっていた子や、メイクをやっていた子に声をかけて制作しました。主演は大学内のルックスの良い子を引っ張って来て(笑)。“監督になりたい、演出家になりたい”っていう気持ちで動いたというよりも、形として先に映画を撮っていたという感じですね。

──石橋監督のバンドでの担当はどこだったんですか?

ボーカルで、ギターも一応ぶら下げてはいました(笑)。メインギターは別でもう一人居ましたね。当時はメンバーと一緒に曲を作ったりしながら、ライブハウスで活動をしていました。自分のパートは自分で作るというルールがあるバンドだったので作詞も担当していました。

──音楽がお好きということは、影響されたアーティストは居るのですか?

当時作っていたオリジナル楽曲が音遊び的な方向性で、メンバーが好きだったのはOGRE YOU ASSHOLE(オウガユーアスホール)さんとか。あとは自分のバンドの方向性とかは関係なく、世代的に銀杏BOYZさんとかに影響を受けていました。

──バンドから映画監督へ、凄いですね。

もともと漫画好きで、物語自体はとても好きだったんです。『左様なら』(2018)は、人気イラストレイターのごめんさんの初期の短編作品(18ページ)を長編脚本にしました。原作をだいぶ拡大解釈していますが(笑)。

──『左様なら』のように人の死という題材を取り扱うのは、描写などの影響も踏まえて、とてもセンシティブで難しいですよね。

『左様なら』のテーマではないのですが、要素の一つとして同級生の死があります。けれど、直接的な表現はありません。そもそも原作であの子が死んでしまう事は決まっていたので、自分なりにそこに至る経緯を想像し、解釈していくという作業で脚本を書き起こしていきました。でもそれは“自殺ダメ、絶対”という視点ではなく、そっちに行ってしまう、その選択をしてしまう人間の気持ちってどういうものなんだろうって想像しながら書きましたね。ただそうやって亡くなってしまった人の事を考えながらも結局は死人に口無しだな、という風にも思ったりします。残された側が理由を探してしまうんですよね。

映画製作で生み出した自分のルールとは

──今回の5作品『閃光』『atmosphere』『水面は遥か遠く』『それからのこと、これからのこと』『ぼくらのさいご』を一気に観て感じたのは、隣同士に座って食べながらの対話シーンが多いことでした。

確かによく何かを食べながら喋っていますね(笑)。私個人としては一対一で深堀して喋るのが結構好きです。でも映画の中では本音で話さない、表面上の会話で済ませることが多いです。ホントの気持ちが喋れなかったり、どこか裏腹だったり、そういうシーンが好きで意図して入れています。

──石橋監督は聞くことが多いのですか?

聞くのも話すのもトントンで、キャッチボールできる、本音で対話が出来る友人が多いと思います。逆に映画ではあまりさせてないですけど(笑)。

──恋愛もそうですが、好きだからこそ本音を話すのって怖いですよね。更に食べながら台詞を言うのは、なかなか難しいですよね。

『ぼくらのさいご』(2015)ではご飯を食べながら会話するシーンが特に多かったので、役者さん達には“モグモグした後に喋っていいよ、その間が見たいから”って伝えていました。

──いつ頃から本格的に“監督になろう”と思われたのですか?

当時はバンドでやっていくつもりだったので、就職して会社に通う人生が想像出来なかったんです。ただ昔から何らかの“物作り”をして“表現して生きていく”ことだけは外したくないと決めていて。それはバンドから離れても、この先、監督から離れることがあっても。実際に一本撮ってみて、私は監督=演出をやりたかったのか? 脚本を書ければ良かったのか?と考えてしまい、それを確かめる為に、翌年に大学に通うのと並行してニューシネマショップという映画の学校に通いました。そこで実習作品として『フレッケリは浮く。』(2012)を撮ったのですが、その過程を経て“私は監督、演出をやっていきたいんだ”というのが腑に落ちて、そこからコンスタントに撮るようになりました。

──影響された作品はありますか?

最初の作品のインスピレーションにあったのは、岩井俊二監督の『PiCNiC』(1994)です。偶然、テレビで浅野忠信さんかCHARAさんの紹介映像で『PiCNiC』が流れたんです。その映像を観た時に“これ、日本の映画なんだ!?”って衝撃を受けて、そのイメージが頭の中に残っていて。さらに岩井監督の映画は音楽的なマッチングが強いと思うんですが、それもあり、自分も映画を撮ってみたいと思いました。

──画的に洋画からの影響が大きいのかと思いました、世界観や抽象的なシーンの導入から。

そう見えるなら嬉しいです。先輩の監督さんから“洋画みたいな広い画も撮れるよね”って仰って頂いたことがあって。引き画とか広い画が好きなんです。でもそれは洋画の影響というよりは“人物に寄り過ぎない”と自分ルールで決めていて。毛穴まで見える距離感って、ドキュメントになってしまうということではないんですけど、何だか生々しくなり過ぎるなと感じるんです。物理的な距離だけでなく、心情的にも近すぎる気がして。私は映画の主人公であっても絶対的に他人であって欲しいという思いがあります。“主人公に共感させてこそなんぼでしょ”って、それがセオリーだと思うのですが、私は主人公ですら絶対に他人でいたいんです。

──他にはどんなルールがあるのですか?

キーワード的ですが、日常、心象風景、言葉に出来ない感情とか。大きく意識しているのはそんなところですかね。あとは私自身が生きてきて、暮らしていて、普通に感じる感覚を大切にしたいです。

──『水面は遥か遠く』(2017)と『atmosphere』(2017)は繋がっていると聞いています。水のところから始まりますよね、これは心の深層心理なのか? 体内なのか?と色々と考えました。答えはあるのですか?

あれ意味深ですよね(笑)。染色って何かと水につけたり、出したりを繰り返すんですけど、主人公の渚自身も水の中でもまれている感覚というか、心の中に潜っていくようなイメージです。自分だけの、心の中のテリトリーみたいな感じですかね。

──『水面は遥か遠く』も水面からの足元、こだわりを感じました。

私も言われてから気がついたのですが、“水と桜をよく入れるよね”ってご感想を頂く事があって。特に水が多いみたいです。自分の中で原風景だと思っている節があるんですかね。実際に私が生きてきて、海とか湖とかを見る機会はあまりないですが、それでも心の中の風景として、そういうものがあるのかもしれません。

 

 

石橋夕帆監督作品

  • 『ぼくらのさいご』
  • 『それからのこと、これからのこと』
  • 『atmosphere』
  • 『水面は遥か遠く』
  • 『閃光』